「最新のツールを導入したのに、現場の作業がちっとも楽にならない……」
「システムに詳しい人だけで話が進み、肝心の使い勝手が置いてけぼりだ……」

要件定義を進める中で、このような「手段の目的化」に悩まされていませんか?

前回は、[要件定義シリーズ第3回:ヒアリングの極意]で、バラバラな「わがまま」から真のニーズを抽出する技術を学びました。材料が揃った次にやるべきは、それを「業務要件」と「システム要件」に切り分ける作業です。

この2つの違いを正しく理解していないと、どれほど高機能なシステムを作っても「宝の持ち腐れ」になってしまいます。今回は、家族旅行の「観光プラン」と「移動手段」を例に、その決定的な違いを解説します。

業務要件とシステム要件の定義

まずは、それぞれの定義を整理しましょう。

業務要件(観光プラン):ユーザーがやりたいこと

システムを使って、「誰が」「いつ」「どんな流れで」仕事をするのかを定義したものです。ITの専門知識は不要で、あくまで「人の動き」にフォーカスします。

  • 旅行なら: 「どこを巡り、何を食べ、どんな体験をするか」という観光プランそのものです。
  • ビジネスの例: 「営業担当者が外出先から、その日の売上報告を5分以内に完了させ、即座にマネージャーに共有される状態にする」

システム要件(移動手段):ITで実現する方法

業務要件を支えるために、システムが備えるべき具体的な機能を定義したものです。業務要件という「目的地」へたどり着くための「道具」を決めます。

  • 旅行なら: 観光プランを実現するための移動手段(車、電車、飛行機)や、「QRコードやクレカが使える決済機能」などです。
  • ビジネスの例: 上記の業務を実現するために必要な「スマホ対応の入力画面」「データ同期機能」「自動プッシュ通知機能」などを指します。

このように、業務要件が「何をするか(What)」であり、システム要件が「どう実現するか(How)」という密接な親子関係にあります。

なぜ「業務要件」が先なのか?(観光プランなき移動は迷走する)

要件定義の現場でよくある失敗は、「どんなシステム(道具)にするか」を、「どんな業務(過ごし方)にするか」より先に決めてしまうことです。

【旅行での失敗例】

「せっかくの旅行だから、最新のキャンピングカーをレンタルしよう!」と、先に移動手段を決めたとします。 しかし、後から「歴史ある温泉街の細い路地にある老舗旅館に行きたい」という観光プラン(業務要件)が決まったらどうなるでしょうか? 大きなキャンピングカーでは路地に入り込めず、結局、宿にたどり着くことができません。

【システム開発での失敗例】

「最新のAIチャットボットを導入しよう!」と先に決めたものの、現場の業務フローを確認したところ「顧客との電話応対中に、手書きの台帳をめくりながら回答する」のが最も効率的だった…。結果、AIは全く使われず、高額な導入コストが無駄になるというケースです。

「どう動くか(業務)」が決まっていないのに「何を使うか(システム)」を決めるのは、行き先を決めずに切符を買うのと同じです。

業務要件を整理する「業務フロー」:点をつないで線にする

「なぜ個別の要望だけでなく、フロー(流れ)が必要なの?」と思うかもしれません。しかし、業務要件を定義する上で「一日の流れ」を可視化することは不可欠です。

なぜなら、「点(個別の要望)」だけでは、実際の業務や旅行は成立しないからです。

  • 旅行の例: 「美味しいランチが食べたい」「有名な滝を見たい」という「点」があっても、前後の移動時間が抜けていればランチの予約に間に合いません。
  • ビジネスの例: 「承認ボタンが欲しい」「集計グラフが見たい」という「点」だけを実装しても、誰がどのタイミングでデータを入力し、いつ誰が承認するのかという「情報のバトン」がつながっていなければ、システムは動きません。

「現状(As-Is)」から「理想(To-Be)」へ

業務フローを描く際は、いきなり理想を目指すのではなく、まず「現状(As-Is)」を可視化することから始めます。

  1. 現状(As-Is)を知る: 「今は誰が, 何に時間がかかって、どこで苦労しているか」を浮き彫りにします。旅行なら「いつも渋滞にハマって、子供が飽きてしまう」という課題を見つける作業です。
  2. 理想(To-Be)を描く: 現状の課題を解決し、「こうなったら最高だ」という新しい流れを描きます。

この「As-Is」と「To-Be」のギャップこそが、システムが解決すべき本当の課題となります。

旅行の例:理想の過ごし方(To-Beフロー)

  1. 午前: 渋滞を避けるため早朝に出発。車内で軽く朝食。
  2. 昼: 予約困難な地元の名店でランチ(11:30入店)。
  3. 午後: 子供が走り回れる広い公園で2時間遊ぶ。
  4. 夕方: 疲れが出る前にチェックインし、夕食前に温泉。

ビジネスの例:理想の受注プロセス(To-Beフロー)

  1. 受注: Webフォームから注文が入ると、自動で在庫を引き当てる。
  2. 承認: 10万円以下の注文は上長の承認をスキップする。
  3. 出荷: 倉庫に自動でピッキング指示が飛ぶ。
  4. 通知: 発送完了メールが顧客にリアルタイムで届く。

この「流れ」に納得感があって初めて、「じゃあ、この自動在庫引き当てにはどんな機能が必要か?」というシステム要件の議論ができるようになります。なお、具体的な図解の方法については[業務フローの基本的な書き方 業務フローは要件定義の重要なツール!]で詳しく解説していますので、あわせて参考にしてください。

リーダーに必要な「翻訳」の事例:手段と目的を分ける

ユーザーはしばしば、システム要件(手段)を業務要件(目的)のように語ります。リーダーはこれを正しく切り分け、翻訳しなければなりません。

ユーザーの要望(混同)業務要件(本来の目的)システム要件(実現手段)
「スマホで承認ボタンが欲しい」外出先でも承認作業を停滞させたくないモバイル端末対応、プッシュ通知機能
「Excelみたいな一覧表がいい」大量のデータを一目で比較・修正したいグリッド表示、一括更新機能
「AIで売上予測を出したい」勘に頼らず適正な在庫数を維持したいAIエンジン連携、在庫シミュレーション機能

要望の中に「ツール名」や「具体的な機能名」が出てきたら、「それを使って、誰が、どんな作業を楽にしたいのですか?」と問い直しましょう。それが業務要件を引き出す鍵です。

まとめ:良い「観光プラン」が良い「乗り物」を選ぶ

業務要件(観光プラン)は、システム開発における主役です。システム要件(移動手段)は、その主役を輝かせるための脇役に過ぎません。

  • 業務要件: ユーザーが何を達成したいか。IT抜きで語れる。
  • システム要件: 業務をどうITで助けるか。エンジニアが作るもの。

「このボタン(機能)は何のためにあるのか?」という問いに、「現場のこの業務課題を解決し、理想のフローを実現するために必要だからだ」と全員が即答できる状態。それが、手戻りのない健全な要件定義の姿です。

次のステップ:見落としがちな「非機能」の壁

観光プラン(業務)と乗り物(システム)が決まったら、次は「安全・安心」の検討です。 「快適に走れる高級車だけど、燃費が悪すぎて1時間おきに給油が必要」「セキュリティが完璧すぎて、鍵を開けるのに10分かかる」……。そんな極端な乗り物では困りますよね。

次回は、機能と同じくらい重要な「非機能要件の落とし穴:楽しい旅行を支える『燃費』や『保険』の決め方」について解説します。

地味だけど絶対に外せない、システムの「品質」の守り方を学びましょう!

次の記事を読む:非機能要件の落とし穴:楽しい旅行を支える「インフラ」や「品質」の決め方

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メーカーに入社し、その後IT部門が分社独立、情報システムエンジニアとして30年以上勤務しています。これまで多くのプロジェクトに携わり、それらの経験から得た知見を覚え書きとして記録することで、厳しい現場で奮闘しているSEの皆さんの一助となれば幸いです。